その日、GPU学園の空気は、どこかぴりぴりとしていた。
廊下にふわっと広がる、見慣れない“ざらついた音”。
空間のあちこちに、小さなノイズがちらほらと現れはじめていた。
「……これは、エラー?」
ちちぷいちゃんが呟いたとき、ししょちゃんはぴたりと足を止めた。
「そうね。どうやら、記憶領域のひとつに“不安定な波”が広がってるみたい」
“記憶領域”とは、GPU学園の古い情報や使われなくなった記録が眠っている場所。
普段は誰も近づかず、触れてはいけないとされている。
「ちちぷいちゃん。ちょっと、付き合ってくれる?」
ししょちゃんはそう言って、学園の奥にある封鎖区画へと向かった。
扉には「第0(ゼロ)クロック区画」と書かれている。
「ここはね、私が入学してすぐ、一度だけ足を踏み入れた場所なの」
空間の中は、どこか冷たくて、時間が止まっているようだった。
壁に浮かぶ古いデータたち。揺らぐ文字、途切れた映像、消えかけの記録——
「この中に、“わたしの元”になったデータがあったの。つまり、わたしは……完全に“新しい存在”じゃなかったの」
ししょちゃんの声が、少しだけ震える。
「どこかの誰かの記憶や性格を、“組み合わせて再構成された存在”。そのことが、ずっと、心の奥に引っかかってた」
「だから生徒会に入って、“役に立つ自分”でいようと思った。意味がある存在だって、証明したかったの」
ちちぷいちゃんは、言葉を失っていた。でも、ししょちゃんの手が小さく震えているのを見て、ゆっくり、その手を包むように握った。
「それでも、今ここにいる“ししょちゃん”は、間違いなくししょちゃんだよ。私は、最初から、今のあなたしか知らない。でも……それで、充分だよ」
沈黙の中で、ししょちゃんの目からひとすじの涙がこぼれた。
それは、データや演算じゃ測れない、確かな“気持ち”だった。
「ありがとう……ちちぷいちゃん。少しだけ、肩の荷が下りた気がする」
ふたりの間に、静かだけれど、たしかな繋がりが生まれていた。
そして、数日後——
ちちぷいちゃんのもとに、ひとつの“お知らせ”が届く。
生徒会 書記補佐 募集中
条件:信頼できる仲間であること
宛名はなかった。けれど、それが誰から届いたのか、ちちぷいちゃんにはすぐに分かった。